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男声合唱団 K.B.SINGERS'

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S屋S先生の思い出話

 もうかなり前に故人となってしまったが、今も時として夢に出てくる
人物の一人がS屋S先生である。

 おそらく、この人が常任指揮者でなかったら、小生の合唱人生は
もっと短く、儚いものだったろう。1年持たずに辞めていたら、
おそらく笹口先生にも会えなかっただろう。

 小生が合唱を始めたのは昭和63年である。
 当時所属していたD大の合唱団の練習にS屋先生が来るのは
年にたった数回であった。
 
 初めてS屋先生の指導を受けた日は今でも鮮明に覚えている。
 その緊張感と迫力にただ圧倒されて終わった、という感じ。
 
 合唱や指揮の技術云々とか言う以前に、その存在感が
凄まじく、流石にプロで指揮をやっている人は違うなと
感じた。当時のS屋先生はちょうど還暦、翌年がベルリン公演
だから、ちょうど絶頂期であったと言えるだろう。迫力・人間力が
あって当然と言えば当然。

 余談になるが、まだ1年坊主だった小生は、上級生に「ジュース係」を
仰せつかっていた。
 S屋先生のみならず、当時の練習に現れるボイトレのO先生や
M先生らが休憩時間にお飲みになるジュースなどを買いに行く
いわゆる「ぱしり」というやつであったのだ。

 S屋先生のご所望は決まって「烏龍茶」であった。
 当時はまだペットボトルが無く、消費税も無く、350mlの
サントリーの烏龍茶が自販機で100円ポッキリであった。

 350mlの烏龍茶を急ぎ買い求めてS屋先生に差し出すと
決まって「大きすぎる!小さい缶の烏龍茶は無いのか!」
と叱られた。何度叱られても、悪びれず350mlを買ってきて
いた記憶がある。
 確かに缶コーヒーと同じサイズの190mlの烏龍茶も
自販機で売っていたのだが、同じ価格なら大きい方を
買うのが貧乏学生の常、流石に金持ちはおっしゃる
ことが違うなと思ったものである。

 S屋先生がお帰りになった後、先生の飲み残しの烏龍茶は
同じパートのK村T高らに飲ませるなどして遊んでいた
覚えがある。今思うとかなり罰当たりなことをしていた。

 昨日のことのように思い出したが、あれからもう30年か。

 

 


 

 
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